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最高裁判所第一小法廷 昭和44年(行ツ)83号 判決

愛知県岡崎市六供町字杉本一番地

上告人

加藤伊八郎

右訴訟代理人弁護士

伊藤公

名古屋市中区三の丸三丁目三番二号

被上告人

名古屋国税局長松永正直

右当事者間の名古屋高等裁判所昭和四〇年(行コ)第六号所得税審査決定取消請求事件について、同裁判所が昭和四四年六月一六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人伊藤公の上告理由第一点について。

原判決が本訴を不適法とした理由は、本件審査決定が取り消されたとしても、上告人の所得金額等は確定申告書記載の金額となり、その結果、納付税額において被上告人認定の金額を上廻り、かえつて上告人に不利益となるから、上告人は本訴において本件審査決定の取消を求める訴の利益を欠くというにあり、上告人が、訴外岡崎税務署長のした更正請求却下決定に対し、再調査請求及び審査請求を経由していないからというものでないことは判文上明らかである。そして、本訴が訴えの利益を欠くとした原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解せず、その結論に影響のない部分を非難するものであつて、採用することができない。

同第二点について。

所論は、本訴が訴の利益を欠くとした原審の判断とは関係のない事項について、これを非難するにすぎないものであつて、採用することができない。

同第三点について。

所論の事情は、所論引用の判例にいう特段の事情に当たるということはできない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤林益三 裁判官 大隅健一郎 裁判官 下田武三 裁判官 岸盛一 裁判官 岸上康夫)

(昭和四四年(行ツ)第八三号 上告人 加藤伊八郎)

上告代理人伊藤公の上告理由

第一点 原判決は旧所得税法第二七条第六項(更正の請求)第四四条第一項及び第七項(更正及び決定)の解釈適用を誤つたものでその誤りが判決に影響あること明らかである。

原審判決によれば、上告人は訴外岡崎税務署長が昭和三五年一〇月一七日付をもつてなした更正請求却下決定に対して再調査並びに審査請求手続を欠いているから訴訟要件を欠くものであるとし、本訴は不適当として却下を免れないとする。

然しながら、右の判断は次の点に於て重大な誤りをおかしているものである。

(一) 関連する法律行為関係

(1) 上告人は、昭和三三年三月一五日右訴外署長に対して判示の如き、確定申告をなし。

(2) 同年四月一五日右訴外署長に対して判示の如き更正の請求をなした。

(3) これに対して、右訴外人は「右の請求に基き、調査した結果、減額すべき理由は存しないばかりか、却つて増額更正すべき事実が判明したので」昭和三五年六月二〇日付をもつて判示の如き、増額更正決定をなした。

(4) 右更正決定に対して、上告人は同年七月一九日調査請求をなした。

ものである。

(二) 右更正請求の性質

前記(2)の上告人の更正請求は、さきになした(右(1)の)確定申告につき、その記載内容に過大に失した過誤を発見したので、その減額更正してほしい旨を内容とする同請求書を提出したものである。

従つて、右請求行為は確定申告行為に後続し、この内容の変更を求めるものとして同行為と一体となるべき性質を有するものである。

少くとも両行為は異種独立且つ別個の行為ではない、そもそも「更生の請求」は申告者にとつて複雑な諸税法、規定、計算等を完全に理解するには困難な場合があり、そのため確定申告書の記載に過誤が多くあり得ることから申告者の利益のために規定されたものであつて、その請求は申告書の内容についての補充的、変更的性格を有するものである。

成程、外形的には確定申告行為が先行し、更正の請求行為が後行するものではあるが、目的、性格上一体となるべきものであり。

(三) 更正の請求に対する税務署長の処分の性質、態様。旧所得税法第二七条第六項第四四条第一項、第六項並びに同種の規定である国税通則法第二三条第三項及び第二四条の規定によれば

「税務署長は更正の請求があつた場合にはその請求にかかる課税標準等又は税額等について調査し、次条(第二四条)の規定による更正をし、又はその更正すべき理由がない旨をその請求をした者に通知する」とある。

同法第二四条の更正は同法第二八条二項の通知書の記載事項と併せて考へると申告書記載の申告税額に対し増額又は減額させる場合を含むものであると共に、その増額又は減額の根拠を更正前と対比できる形式で告知されることとなつている。

一方、更正の請求は減額のための請求であつて増額のための請求はない。

また、第二三条第三項が「次条の規定による更正をし」と記載して「更正をすべき理由がある」旨の告知を要しない規定がなされていることを併せて考へると、更正の請求がなされた場合これに対して税務署長が同更正の請求理由があり従つて申告額を請求どおりに更正すべき場合(従つて、この場合は減額更正のみである)にのみ「次条の規定による更正」決定をなすことを規定したものではなく同更正の請求が理由なく、而も申告額を増額させる場合、又は却つて更正の請求(従つて減額を求める額)よりも更に減額させる場合にも同法第二四条の更正決定をなせば足りる趣旨に解すべきである。

そうでなければ同条同項のこの部分の規定は「その更正をすべき理由がある旨又はその更正をなすべき理由がない旨を通知する」と定めるべきである。

また、右同法同項の「その更正をすべき理由がない旨」の通知については同法第二八条第一項の適用なくまた期限の定めもないところからこの通知は更正の請求があつたが、その請求は認められず確定申告書の申告額が更正を要しない場合に適用があると解するを相当とする。

(四) 本件に於て、更正決定(前記(一)の(3))は更正の請求に対する処分を含んでいるものである。

前記(一)の関係に於ては更正請求についての調査をなし(その調査には申告書の内容の調査が当然先行し、又は必要であるから)た結果、更正の請求を認めず却つて申告額を増額させるべきであると判断したのであるから、同法第二四条の更正決定をなし、その判断理由を附記した更正決定通知書を送達すれば必要且つ充分の手続行為というべきである。

つまり、右増額更正処分(決定)は一つの課税標準又は税額を税務署長をして確定させようとする上告人の前後する同種の法律行為に対して一括してなした処分行為である。

(五) 右(四)の増額更正決定に対する再調査請求の性質、内容

上告人がなした前記(一)の(4)の再調査の請求の内容は増額更正決定に対する異議申立であるがその内容は更正の請求をなした理由及び税額を正当であるとする立場に於て、(本件に於ては更にこれを下廻る額を正当と主張しているが)再調査を求める立場に立つものである。

従つて、右再調査申立ては、内容的には更正の請求を認めなかつたことに対する異議である。

例えば若し、原判決の判示の如く、また訴外署長がその後になした如く、更正の請求につき、その更正をすべき理由がない旨の通知(却下決定)とこれと接着した再更正決定(内容は前記(一)の(3)と全く同一)とが別個独立の行政処分行為であり右二つの処分につきいづれも、それぞれ再調査の請求が必要であるとし、それぞれその請求をなした場合を考へてみると上告人は更正請求却下処分に対しては更正の請求にかかる税額等が正当であるのに、この請求を認めなかつたのは、けしからんという内容の再調査請求書を提出することが明らかであることは言うまでもない。では、増額更正決定に対する再調査請求の内容はどうであろうか一体、上告人は確定申告書記載の税額を認めなかつたのはけしからんという内容の再調査請求書を提出するであろうか、そんなことはあり得ないのであつて、内容はいづれも更正の請求記載の税額等が正当であり且つこれを認めよという同一内容の唯単に表紙の題目が一つは更正の請求却下決定に対する異議申立であり他は更正決定に対する異議申立であるに過ぎない。

しかし、この二つの異議申立は唯一の正当なるべき(上告人としては更正請求どおりの)税額の確定を求めることに於て同一である。

また本件の如く更正の請求却下の決定と(再)更正決定が同時に作成されたとも考えられる接着した日時に到達したような場合までも二つの処分が別個独立としてこれに相対さなければならないなどということは全く無意味ではなかろうか。

仮りに百歩を譲るとして更正の請求の却下決定がなされ、同決定到達後一ヶ月以上の期間の経過のある場合については、或いは最早更正の請求の内容を正当の根拠と主張し得ない場合があるかも知れない。

然しながら、本件の場合の如く、更正の請求却下の決定なくして更正決定がなされた場合及びその後の更正の請求却下決定と同日又は一両日後に更正決定がなされた場合の如きは更正決定に対する異議申立のみで必要且つ充分である。

また、右の如き更正の請求却下の決定自体なんら法律的に無意味であるか、若くは直後の更正決定に吸収されるというべきである。

(六) 本件に於て、前記一の(3)の更正決定の取消行為は理由を欠き無効である。

(1) 訴外税務署長は一〇月一五日更正決定の取消をなし。

(2) 一〇月一七日更正請求の却下決定並びに再調査請求(前記(一)の(4))の却下決定をなし。

(3) 一〇月一九日(再)更正決定(内容は前記(一)の(3)に同じ)をなした。

右の諸行為はいづれも更正の請求があつたのに同請求の却下決定をなさずに増額更正決定をなしたのは法律違反であり、無効であると考へたからであることは明らかである。

ところで右の考へ方は前記各項に照して法律の解釈適用を誤つたものであるから右(1)の取消決定はその正当な理由を失い無効であり、従つて、その後の(2)(3)の処分も亦、本来無効である。

(七) 上告人の再調査請求と同却下決定及び審査の存在

上告人は前記各主張に基けば前記(一)の(4)の再調査請求につき、調査すべきであると考へるが前記(六)の(3)の(再)更正決定に対して一〇月二五日再調査請求をなしているので格別不利益を蒙ることなく、且つ追認あつたものと解し、同請求以後の手続について異議はないとすれば、上告人は有効に必要な異議審査手続を経由しているのであるから、なんら、訴訟要件に欠くところはない。

結論、以上更正の請求及びその後に関する上告人の法律行為にはなんら欠けるところがないにもかかわらず原判決が前記法条の解釈を誤り訴詮要件を欠き且つ訴の利益がないとして上告人の請求を排斥したことは明らかに判決の結果に重大な影響を与へるものである。

なおこの点に関する裁判例が見当らないので是非貴裁判所の判断を求めたい。

第二点 仮りに、前記第一点の主張が認められないとすれば上告人は予備的に次の主張をなす。

原判決は旧所得税法第四四条第六項(再更正)の解釈適用を誤つたものでその誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

なお、最高裁昭和三九年一〇月二二日判決民集一八巻八号一七六二頁以下)は変更されなければならない。

(一) 旧所得税法第四四条第六項は再更正について。

「更正した後に於ても所得税額が過大である場合に於ては、この額の更正(減額再更正)をなすことができる」旨の規定をなしている。

また、同法の改正としての国税通則法第二六条は同趣旨ながら「更正する」と規定している。

右所得税法の「減額更正をなすことができる」旨の規定に於てもそれは全くの恩恵的自由裁量行為ではなく、憲法第三〇条の精神にのつとり所謂法規裁量行為というべきである。

まして、右国税通則法に於ては「更正する」と規定されているものであり、この規定の趣旨は「更正しなければならない」ものと解すべきである。

(二) 本件に於ては、特に適当な更正の請求をなしており、仮りに同請求が却下決定になり、これに対する異議がなかつたとしても(再)更正決定に対する調査請求に於ては、勿論審査段階に於て詳細に説明をなし、調査の機会のみならず更正決定の誤りを明確に指摘し、調査者として通常の努力と判断力を働かせば本件事件の争点となつた不動産売買関係につき譲渡所得のなかつたこと、従って、上告人主張のとおりに減額再更正されなければならないこと、若くは審査裁決がなされなければならない程であつたのであるから、調査者は更正決定税額が過大であることを知つていたものである、然るに、その義務に違背し、政策的に一部減額をなしたに止ることは極めて非難されると共に前記再更正に関する法令義務違反である。

この点の主張につき、原審昭和四三年一一月二五日陳述した準備書面第四の一乃至四記載事項をすべて採用する。

結論、本件の如く、税務署長及び国税局職員による再調査手続及び審査手続段階に於て、調査があり且つ、その調査につき、上告人が適切且つ充分な減額更正さるべき理由、事情を開陳し、調査に必要な機会と方法を提供した場合に於ては、確定申告書の記載内容の錯誤を主張し、減額再更正すべきことを請求する権利を有するものである。

然るに、原判決はこの点に関する前記法令の解釈適用を誤つたものであり、判決に重大な影響を及ぼすこと明らかである。

第三点 前二点の主張が認められないとすれば上告人は予備的に次の主張をなす。

原判決は最高裁判所昭和三九年一〇月二二日判決(前示)に反し、本件については同判決が判示する「確定申告書の記載内容の錯誤が客観的に明白かつ重大であつて、前記所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合」に該当するにもかかわらず判断を誤り、これに該当しないものと判断したものであり判決に重大な影響あること明らかである。

(一) 原判決の判示立場をとるとしても、右最初の更正決定(前記第一の(一)の(3))は法律違反であることは明らかである。

そのため、慌てて前記第一の(六)の(1)乃至(3)の手続をとつたというべきである。つまり専門行政官庁としての訴外署長に於てすら更正の請求について調査しながら更正の請求について、却下決定を要しないものと考へて更正決定をなしたものである。

上告人は右決定に対して再調査請求をなしたのであるがこれは更正の請求についてなんらの処分のないことを全然不思議に思わなかつたのである。

(二) ところが、右訴外署長は突如約四ケ月後に前記のとおり、僅か四日間の間に取消、却下、決定の挙に出たものである。

しかもこれらの行為につき、なんら説明も、自らの違法と考へる最初の更正決定の取消について了解も求めようとしない。まして、適切な指示を与へる意思も有しなかつた訴外署長の態度は極めて強く非難されるべきである。

これに反し、上告人としては直ちに、再更正決定に対する再調査請求をなしたのであり、同請求の内容は更正の請求書の内容に基礎をおくものであるから上告人が更正の請求につきこれを理由なしと認めた処分に反対の意思を表示していることが充分判つているにもかかわらず更正請求却下決定に対する再調査請求が必要である旨の指示説明もなさなかつたことは国民に奉仕する公務員として失格である。と共に上告人が審査請求をなした二月一五日当時はなお更正請求却下決定に対する再調査請求ができる期間内にあつたにもかかわらずこれまた、同訴外並びに関係者らはなんら適切な指導をすらなしていない。

かかる態度は将来上告人が更正の請求内容を根拠に争えなくなる事態の到来、つまり、上告人を不利益な状態におとしいれようとしたのではないかという疑いすらいだかしめるものというべきである。

以上の如き事情はまさに前記特段の事情」に該当するものというべきである。

(三) また、錯誤が客観的に明白かつ重大であることは原審に於ける前記準備書面第二、第三記載事項をすべて採用する。結論、右に述べた諸点はまさに前記最高裁判決判示に於ける特段の事情に当るものであるから原審のこの点に関する判断は破棄されなければならない。

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